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<title>drecom_k_sogのブログ</title> 
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<title>わたしは今…</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:06Z</modified> 
<issued>2007-02-13T21:22:16+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">わたしは今、ケンリョクの頂点にいる。
だからフショウジのインペイもメチャクチャな法案作りもセンソーへの道作りもなんだってできる。
命まで投げ打つりっぱな公務員は、将来よいヘイタイさんの鑑になるからちょっと顔出して顕彰しておこう。たとえ名前は知らずとも。所詮...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
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<![CDATA[<a href="http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20070213" target="_blank">わたしは今、ケンリョクの頂点にいる</a>。<br>
だからフショウジのインペイもメチャクチャな法案作りもセンソーへの道作りもなんだってできる。<br>
命まで投げ打つりっぱな公務員は、将来よいヘイタイさんの鑑になるからちょっと顔出して顕彰しておこう。たとえ名前は知らずとも。所詮一兵卒だから。<br>
独裁者の本性をうっかりとさらけ出してしまってマズッタ、という表情もさらけ出してしまったのは残念。<br>
前に頂点にいたヒトから学ばなかったのね、きっと。<br>

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<title>集中砲火で火だるま</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:06Z</modified> 
<issued>2007-02-08T09:34:20+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">菅さんも地方で「生産」とかなんとか言ったらしい。ま、リプロダクツというぐらいだから、「生産」といってもいいような気がするが、問題は「少子化は問題である」ということに何ら疑問を抱いていないところで、「少子化問題が誰にとって都合が悪いのか」を見ようとせずにこ...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072358.html">
<![CDATA[菅さんも地方で「生産」とかなんとか言ったらしい。ま、リプロダクツというぐらいだから、「生産」といってもいいような気がするが、問題は「少子化は問題である」ということに何ら疑問を抱いていないところで、「少子化問題が誰にとって都合が悪いのか」を見ようとせずにこの問題を「政権奪取の『道具』」として利用しようとするセイジカは、「本質が見えていない」という点では火だるま大臣と同じです。<br>
<br>
ずーっと以前から思っていたことなんですけど、「国民の代表」であるなら男女半々にしてもらいたいんですよね。あたりまえな「制度」として。<br>
その方が、「二大政党制」なんておバカな国の「後追い」して作ろうとするより、よっぽど「先進的な試み」だと思う。<br>
この「男党vs女党」という「画期的な」新・二大政党制で大事な国政の舵取りをしてもらえば、今みたいに男ばっかり頭数が多い国会で、変な方へ変な方へと脱線して行っちゃう「セイジ」が、もっと「マトモ」になるかもしんない。<br>
国民の代表って言うんなら、半数を占める「女性」の代表者数も公平に「半数」にしきゃね。<br>
それをセイジはオトコにしかできない、とか出産育児で家庭に縛り付けておけば押さえられるだろうとか、なーんかそういうくっだらないことばっかり考えてるからロクなことにならないんだろうな。<br>
「出産育児があっても安心して働ける社会」「出産育児が『性別ハンディキャップ』とならない社会」「安心して子どもを生み育てられる、と女性に思ってもらえる社会」を作れよ、男党ども。
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<title>さっさと気づけ</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:06Z</modified> 
<issued>2007-02-05T14:52:06+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">私はM台が嫌いだ。
「M台がキライ」というその感覚は、「U野C子がキライだ」というのととても近い。
自分は十年後を正確に見通す力がある、と、かつて自己を過大評価しそれを何の躊躇いもなく人様に表明し、その後彼の「予言」につき従ってメンヘラーとなり破滅していった者...</summary> 
<dc:subject>進化論とヒト</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072356.html">
<![CDATA[私は<a href="http://www.asyura2.com/07/war88/msg/498.html" target="_blank">M台</a>が嫌いだ。<br>
「M台がキライ」というその感覚は、「U野C子がキライだ」というのととても近い。<br>
自分は十年後を正確に見通す力がある、と、かつて自己を過大評価しそれを何の躊躇いもなく人様に表明し、その後彼の「予言」につき従ってメンヘラーとなり破滅していった者達が大勢いるにも関わらず、「以前の『読み』が間違っていた」のヒトコトで葬り去り、その奇妙な謝罪(?)広告の後もやっぱりぬけぬけと当たらない「未来予知」に勤しんでいる、そんな彼が私は大キライだ。<br>
M台の「信奉者」は「ヒトラーの信奉者」と重なる、と思っている。<br>
M台が「好き」なやつは、たいていヒトラーも「好き」である。<br>
<a href="http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20070204" target="_blank">多くの部下たちから、「ソ連軍が迫っているから、とにかく市民を避難させて欲しい」と進言されても、「国民が死ぬのは、選挙で私を選んだ国民の自業自得だ！」「弱者が地獄を味わうのは当然の義務だ！」と言い放ち、自分のメンツのために、数え切れないほどの自国民を見殺しにした独裁者、ヒトラー。</a><br>
こういうやつに惹きつけられていくやつは、どんどん勝手に破滅していってほしい。<br>
しかしそれ以外の者まで道連れに破滅させるのはやめてくれ。<br>
いつまでもこんな男をありがたがっていないで、さっさと気づけ!!<br>
<br>
(それにしても、<a href="http://www.asyura2.com/07/war88/msg/498.html" target="_blank">他のヒトのコメント</a>は大変マトモで有意義なのに、こいつのだけがどうしてこんなに空虚なのか…)
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<title>ループしながら下降中です</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:05Z</modified> 
<issued>2007-02-01T13:44:53+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2007:drecom_k_sog.1072352</id>
<summary type="text/plain">この件に関して内田樹氏は何とコメントされるかな～と思っていたので、書かずに待っていた。
「この件」とはモチロン、今をときめく柳沢発言。

そして私はといえば、内田氏の発言に全面的に賛成なのである。
教育費は全額タダにすればよろしい。
給食費不払いなんてことにせ...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072352.html">
<![CDATA[この件に関して<a href="http://blog.tatsuru.com/2007/02/01_1103.php" target="_blank">内田樹氏は何とコメント</a>されるかな～と思っていたので、書かずに待っていた。<br>
「この件」とはモチロン、今をときめく柳沢発言。<br>
<br>
そして私はといえば、内田氏の発言に全面的に賛成なのである。<br>
教育費は全額タダにすればよろしい。<br>
給食費不払いなんてことにせせこましく文句言ってないで、国費で全額まかなうか、弁当持参にして、「食えない生徒」のためにはキャフェテリアを作って、そこで安いお金で食えるようにすればよろしい。これは以前にも書いたとおり。<br>
それを「払ってないやつの分まで負担するのはいかがなものか…」という某元&quot;裏口&quot;首相みたいなことを言って阻止しようとするような「せこいやつ」の発言力が強まると、よけいに国力は弱体化していく。<br>
うちには子供はいないが、ウチが納めている税金が他人の子供の教育費に使われることに反対はしない。同様に「環境問題」や「老人福祉」等々に税金が使われることに対して、まったく不満はない。<br>
あえて言えば、それを本来の目的でなく「無駄遣い」されるのがヤなだけだ。<br>
<br>
あと、「国のために」子供を産めよ増やせよ、というのが猛烈な「本末転倒」であることに気がついていないこの国の「偉いひと」たちって度し難いなぁ…と思うんだけど、どうにかなんないものかねぇ。<br>
そこが変わらないと増えもしないわけで、また変わらない現状で増やしても仕方がないわけで、このまま変わらなきゃ延々と無限ループに落ち込んでしまうだけだと思うんだけど、そんなことにも気がつかない人々の集団が「国の行方」を牛耳っているわけで、そうやって全体が周回しながら、どんどんどんどん下降(低下)していってるよ…<br>
何が下降(低下)していってるかって、モチロン「国力」です。
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<title>あの金で何が買えたか</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:05Z</modified> 
<issued>2007-01-18T18:49:18+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2007:drecom_k_sog.1072350</id>
<summary type="text/plain">『あの金で何が買えたか』～イラク戦争編～

…ところが懲りるどころか、まだまだやる気満々なのである。
それであちこちに特使が派遣されて、目下のところ「根回し」中。
「北」の手綱を緩めようとする動きも、「次の行動」の足枷にならないようにするためだ。
「次の行動」...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072350.html">
<![CDATA[<a href="http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2007/01/ny12_7699.html" target="_blank">『あの金で何が買えたか』～イラク戦争編～</a><br>
<br>
…ところが懲りるどころか、まだまだやる気満々なのである。<br>
それであちこちに特使が派遣されて、目下のところ「根回し」中。<br>
「北」の手綱を緩めようとする動きも、「次の行動」の足枷にならないようにするためだ。<br>
「次の行動」が起きれば石油が高騰する。それどころかそもそも入手できなくなる。<br>
経済は急速に冷え込む。<br>
さらには全面戦争にさえ発展するかもしれない。<br>
もちろん晴れて省に昇格した「自国軍」が派兵され、そこで「戦闘」をするようになる。<br>
<br>
われわれはどこかで引き返せる?
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<title>ペコちゃん喰われる</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:04Z</modified> 
<issued>2007-01-16T20:53:20+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2007:drecom_k_sog.1072349</id>
<summary type="text/plain">ペコちゃんガイシに喰われちゃったんだって。
ガイシさんってやっぱりゲテモノ喰いだね。
何でも食べちゃうんだね。
だってハゲタカだからね。
</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072349.html">
<![CDATA[<a href="http://www.asyura2.com/0610/hasan48/msg/987.html" target="_blank">ペコちゃんガイシに</a>喰われちゃったんだって。<br>
ガイシさんってやっぱりゲテモノ喰いだね。<br>
何でも食べちゃうんだね。<br>
だってハゲタカだからね。
<!-- BASENAME=http://k-sog.blog.drecom.jp/archive/452 -->]]> 
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<title>一番好きな小津作品</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:04Z</modified> 
<issued>2007-01-11T08:47:43+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2007:drecom_k_sog.1072346</id>
<summary type="text/plain">日本映画専門チャンネルで小津監督作品の『小早川家の秋』をやっている。1961年のカラー映画。私はたぶん、小津映画の中でこの作品が一番好きだ。

実際に居たことはないはずなのに、この映画には奇妙な既視感がずっと伴う。それゆえなぜか、とても懐かしいのだ。
家の中のし...</summary> 
<dc:subject>映像と音楽</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072346.html">
<![CDATA[日本映画専門チャンネルで小津監督作品の『<a href="http://www.nihon-eiga.com/prog/102866_000.html" target="_blank">小早川家の秋</a>』をやっている。1961年のカラー映画。私はたぶん、小津映画の中でこの作品が一番好きだ。<br>
<br>
実際に居たことはないはずなのに、この映画には奇妙な既視感がずっと伴う。それゆえなぜか、とても懐かしいのだ。<br>
家の中のしつらえ、着ている服、交わされる会話。<br>
会ったことのないはずの役中の人々に、あの頃どこかで確かに会ったことがあるという気がしてくる。<br>
とりわけ小道具から目が離せない。団扇や扇子、着物、時計、簾、灰皿、ビール瓶や酒瓶、壁紙、提灯、挙げていったらきりがない。<br>
結果、鑑賞者の目は冒頭の飲み屋のシーンから画面に釘付けになる。喘ぐようにして視線は画面をさまよい続ける。私は欲望のカタマリとなっている。ああ、なんという罪深い作品を小津様はお作りになったのだ。<br>
これは「死」を取り扱った映画なのだけど、題材と裏腹に画面は「生の素晴らしさ」を讃えてやまない。<br>
それは小津監督自身の「生きることは素晴らしい」「生きていたい」という生への執着そのものではなかったか。そのため作品には最晩年に至って小津監督が辿り着いた「死の諦観と生への渇望」が全編に渡って伏流することになった。<br>
また、今はなき懐かしき日本の風景が、カラー映像として美しく閉じ込められている点もこの作品の価値を高めている。そうやって全編から「格調の高さ」がいやおうなく滲み出てしまうのも、「どこで何を撮っても小津は小津」であるということなのだろう。<br>
<br>
今月の日本映画専門チャンネルは、バブル絶頂期の禅寺ライフを取り上げた周防監督の『<a href="http://www.nihon-eiga.com/prog/107845_000.html" target="_blank">ファンシイダンス</a>』も放映されます。これであなたも禅寺通!?<br>
さりげなく私、この作品も好きなんです。
<!-- BASENAME=http://k-sog.blog.drecom.jp/archive/451 -->]]> 
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<title>労働ビッグバン</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072343.html" />
<modified>2010-03-03T12:38:03Z</modified> 
<issued>2007-01-04T17:06:22+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2007:drecom_k_sog.1072343</id>
<summary type="text/plain">いやねぇ、こないだっから「労働ビッグバン」ていうやつについてちょいと考えているんですがね。なんだかいろんな糸がこんぐらかっちまってて一概にスッキリとは言えねえところはあるんでやんすけど、んなこたぁー「官」が決めるこっちゃねぇ、ということだけはハッキリ言え...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072343.html">
<![CDATA[いやねぇ、こないだっから「労働ビッグバン」ていうやつについてちょいと考えているんですがね。なんだかいろんな糸がこんぐらかっちまってて一概にスッキリとは言えねえところはあるんでやんすけど、んなこたぁー「官」が決めるこっちゃねぇ、ということだけはハッキリ言えそうだ。<br>
民はとっくにそうなってらあな。そうなってないのはおめえさんたちばっかりだろうよ。何寝惚けたことやってやがんだい、あいも変わらず。<br>
え?、民のお偉いさんたちが言い出したことだって?<br>
だから話がこんぐらかっててヤヤコシイと言っておいたろうが。<br>
どいつもこいつも、人様の上に立って指図する奴にロクなのがいねえから下々が苦労すんだよ。ま、下々も下々だけどな。<br>
日本列島似たりよったり焼いたり喰ったり。<br>
こんな調子だと、ジャパンのフューチャーはあんましブライトじゃねえぜ。<br>
まったく泣けてくらぁ…
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<title>「汝の敵を愛せよ」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072342.html" />
<modified>2010-03-03T12:38:03Z</modified> 
<issued>2006-12-29T12:09:00+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2006:drecom_k_sog.1072342</id>
<summary type="text/plain">先日、「女の敵は女」という言葉が嫌いだ、と書いた。
理由として「男の敵は男」という命題が抜けているから、というのを挙げておいたが、他にも性淘汰理論から見た「女の敵は男」というのと「男の敵は女」というのが抜けていることも追加しておかなければならない。

以上は...</summary> 
<dc:subject>進化論とヒト</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072342.html">
<![CDATA[先日、「女の敵は女」という言葉が嫌いだ、と書いた。<br>
理由として「男の敵は男」という命題が抜けているから、というのを挙げておいたが、他にも性淘汰理論から見た「女の敵は男」というのと「男の敵は女」というのが抜けていることも追加しておかなければならない。<br>
<br>
以上は「性淘汰理論」から見た「敵」についての命題だが、そもそも生物にとっての「敵」というのは一体何を意味しているのだろうか。<br>
「敵」というコトバでまず思い出すのが、弱肉強食や適者生存、食物連鎖などの捕食関係、つまり「自然淘汰」だろう。これは進化論において「性淘汰」よりもはるかによく知られた理論である。<br>
つまり自然淘汰とは、カモシカは「敵」であるユキヒョウから逃げなければならない----といったようなことだ。<br>
ヒトは「敵」であるインフルエンザウィルスから逃げなければならない----これも類似のケースである。<br>
そのような有害ウィルス等を殲滅することに、ある程度は成功しているように見える。<br>
またその結果、人々の寿命は延び、人口は爆発的に増えた。<br>
しかし、そのような数多の「敵」を殲滅し、あまりにも地上に増えつつある人類が、今では「地球の敵」そのものとなってしまっているのではないか。<br>
だとすれば「地球」は「増えすぎた敵」である人類の殲滅行動へと、いずれ向かうであろう。<br>
いや、もう始まっているかも。というより、増えすぎた人類は自分で滅びていくのかも。<br>
何故ならそれが「大自然の法則」そのものだからだ。<br>
<br>
ところで、原始の海で異質な細胞どうしが共存して現在まで生き延びた例がある。細胞に含まれる<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2" target="_blank">ミトコンドリア</a>がそれである。<br>
もし、原初の海で真核細胞が「敵」であるミトコンドリアを殲滅してしまい、体内に受け入れることをしなかったなら、現在の我々もいないわけだ。<br>
敵、敵、敵、敵…そのような過剰な抗体反応を「アレルギー」という。自分で自分を敵と見てしまうのが「自己免疫」。これもつらい。<br>
あんまり何でもかんでも敵、敵、敵と目のカタキにしなさんな、と「深遠なる生物進化の教え」はそう我々に告げているのかもしれない。
<!-- BASENAME=http://k-sog.blog.drecom.jp/archive/449 -->]]> 
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<title>女の敵は女!?</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:03Z</modified> 
<issued>2006-12-22T08:54:15+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2006:drecom_k_sog.1072340</id>
<summary type="text/plain">オスメスに二極分化した性を持つ生物では、より優秀な遺伝子を「選択」するためにさまざまなバトルが繰り広げられる。それを進化論では「性淘汰」という。

最新の訳書ではドーキンスもどうやら「性選択」の重要性に気づいたようで、それについてかなりの紙数を割いているら...</summary> 
<dc:subject>進化論とヒト</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072340.html">
<![CDATA[オスメスに二極分化した性を持つ生物では、より優秀な遺伝子を「選択」するためにさまざまなバトルが繰り広げられる。それを進化論では「性淘汰」という。<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4093562121/" target="_blank">最新の訳書</a>ではドーキンスもどうやら「性選択」の重要性に気づいたようで、それについてかなりの紙数を割いているらしい。<br>
性選択に関する著作では<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/488135146X/" target="_blank">『赤の女王』</a>がわりと有名だけど、「ドーキンス派」のこの著者、やはり少々「フェミニズム問題」に踏み込みすぎているきらいがあって、ドーキンスが「創造論問題」に踏み込みすぎているのと同じ刺激臭が鼻につく。<br>
科学者はあくまで「科学の領域」でよい仕事をするべきで、あまり「宗教、思想」の領域に踏み込んではいけない。<br>
逆に宗教や思想を扱う「社会科学者」は、もっと自分の扱う学問領域に関わる「科学」の領域に踏み込んでいって、そこからきちんと学ぶ必要がありそうだ。<br>
そうしなければ、自分たちのやっていることが如何に科学とは<span style="font-weight: bold;">程遠い</span>「呪詛やマジナイの類」であるか自覚することができないから。<br>
<br>
今日は、いつもヒト科のオスの戦争好き政治好きが性選択に由来する、という説ばかり唱えているので、じゃあヒト科のメスにはオスと同じような「同性間闘争」はないのか、というオハナシにしよう。…と最近しきりに『大奥』をテレビでやっているので思いついた。昔、あれはおこちゃまが「見てはいけない」番組でございました。<br>
<br>
ところで、「女の敵は女」という言葉が嫌いだ。<br>
なによりもまず、「女の敵が女なら、男の敵は男」という、「性淘汰における同性間闘争」の<span style="font-weight: bold;">半分しか</span>表現していない点が気にくわない。<br>
オスの場合は「腕力」による同性間闘争によってメスとの交尾権を獲得する、というカタチをとることが多い(これがヒト科では戦争と政治に相当)のに対し、その「闘争」を勝ち抜いてきた将軍様の「お世継ぎ」を産むことが大奥の女たちの「闘いの場」であったように、メスの場合は「その優秀なオスに選ばれることによって、どれだけ多くの、あるいはどれだけ優秀な子孫を産み残せるか」といったあたりで同性間闘争が発生する。<br>
これはオスの場合と違って「力による闘争」ではない。オスの闘争とは、その質も形もまったく異なっている。<br>
そこで採られる「勝ち抜き戦略」は、「如何にして他のメスに優秀な子孫を産ませず、『自分だけ』が優れた子孫を残すか」だったりするので、オスのような「腕力勝負」とちがって、「搦め手でライバルに優れた子孫を生ませないようにする」ための手段や策略が張りめぐらされたりもする。<br>
だから、「女も男と同じように働け」だとか「結婚や出産は地獄」だとか「女らしさを強調するな」とかいった内容のメッセージを、あれやこれやの粉飾(というか理論武装して)で吹き込む「メス」がいたら、それは「メスの同性間闘争における戦略を行使しているのではないか」と疑ってみたほうがいいことになる。<br>
つまりそういうメスが、メスにとっての「<span style="font-weight: bold;">真の敵</span>」というわけだ。
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<title>わがままジュリエット</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:03Z</modified> 
<issued>2006-12-03T09:34:08+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">以前、上野千鶴子氏が「結婚や出産ということを自らの『禁じ手』として」封印したことを自らの著書の中で書いていた件について取り上げたことがある。
一方で、別に五木寛之氏が「母の死」と戦後の引き揚げ時の過酷な体験を長らく封印してきたことも書いた。
同じく「『封印...</summary> 
<dc:subject>本その他</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072339.html">
<![CDATA[以前、上野千鶴子氏が「<a href="http://blog.drecom.jp/k_sog/archive/52" target="_blank">結婚や出産ということを自らの『禁じ手』として」</a>封印したことを自らの著書の中で書いていた件について取り上げたことがある。<br>
一方で、別に五木寛之氏が<a href="http://blog.drecom.jp/k_sog/archive/373" target="_blank">「母の死」と戦後の引き揚げ時の過酷な体験</a>を長らく封印してきたことも書いた。<br>
同じく「『封印』された心理」として語られながら、その軽重にあまりにも差があるように感じられてならない。<br>
<br>
まず、「封印」したものを自らの学問研究の対象として、それで何か「まとも」なものが書けるのだろうか、という疑問がひとつ。<br>
「封印されたもの」に凝視の目を向けたとしてもその目に映るのは「封印した箱」のみであって、その中に「封印」されたものそれ自体ではあり得ない。<br>
それが何事かを「禁じ手として」「封印する」ということだからだ。<br>
そのようにして永遠に本質にはたどりつけない学問研究に、はたして学問研究としての価値さえあるのか疑問に思う。<br>
<br>
一方で五木氏はその記憶を書かなかった、というより書けなかった理由として「あまりに過酷な体験は片時も忘れようとして忘れられず、書こうにも書けず、ようやくそれについて書けるようになるまでずいぶん時間がかかった」とされている。<br>
その壮絶な体験を読めば、そうせざるを得なかった五木氏の気持ちというのがひしひしと伝わってくるのだが、はたして「結婚や出産」を封印した上野氏に、「結婚や出産」という比較的ありふれた、どちらかと言えば「慶事」とされる事柄に五木氏のような「書こうにも書けない」壮絶な体験がおありになったのだろうか?　というのが二つめの疑問である。<br>
<br>
さらに何と、そのような「学問研究」によっては「結婚や出産」で苦悩する女性たちが「救済」されることはないという、そのような「限界」を抱えていることを自ら公言されて居直っておられるらしい。<br>
そりゃあそうだ。「封印」をして「対面」したこともない体験からは、「救済に役立つ何か」を見つけることもできないだろうから。<br>
<br>
ところで近頃は「身体障害者との共闘」なのだそうである。その前に、過去にその著書で「身体障害者、在日外国人、同和問題」のそのどれもと「共闘」できない理由を長々と論述されていたことに対する「自己批判」は、どこかできちんとされましたか?　わがまま千鶴子ちゃん。
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<title>生物進化と経済効率</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:02Z</modified> 
<issued>2006-12-01T12:51:17+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">こないだ集まった旧友たちには、子供が「男兄弟のみ」という比率が高い。
あとは「女姉妹のみ」で「男女とも」というケースがない。
旧友たちはきわめて道徳的に健全な人たちばかりなので、そういう集まりの場で「子供は男と女、どっちが得か」なんてお下劣な話題は出ない。
...</summary> 
<dc:subject>進化論とヒト</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072337.html">
<![CDATA[こないだ集まった旧友たちには、子供が「男兄弟のみ」という比率が高い。<br>
あとは「女姉妹のみ」で「男女とも」というケースがない。<br>
旧友たちはきわめて道徳的に健全な人たちばかりなので、そういう集まりの場で「子供は男と女、どっちが得か」なんてお下劣な話題は出ない。<br>
でも私はちょっぴりお下劣なので、この話題を当ブログで持ち出すことにしよう。お下劣だけど高等な内容になるであろうと思う。<br>
<br>
A. ローマのとある遺跡から、嬰児の骨が大量に見つかった。その骨の性別は?<br>
<br>
Q. 答えはなんと「ぜんぶ男」だったのである。<br>
その理由は、「その遺跡が元は娼館だったから」で、女の子が生まれた場合その子を大人になるまで育てれば、その間に投資した金額を回収しさらに利益まで生み出すが、男の子の場合は育てる間に投資した額が回収される見込みがない、したがって生まれて早々に捨てられる----というわけだ。<br>
われわれは自分たちが属する文化圏の価値判断にどっぷりと浸かっているから、「男の子に価値がない世界のありよう」について理解できないだけで、「子供を持つ」ということの「経済原理」は必ずしも「男子偏重」文化のみをもたらすわけではない。<br>
<br>
「経済原理」と言ったけど、「生物進化」が「経済原理」に含まれているのではない。その逆だ。「経済原理」は「進化論的な物の見方」の<span style="font-weight: bold;">部分</span>でしかない。<br>
個体は生存のための「<span style="font-weight: bold;">効率</span>」を追求し、それが群となって選択と淘汰が繰り返され、生物は進化(というよりも変移)していく。<br>
だからヒト科においても「男子を持つのが有利」となればそのように、古代ローマの娼館のごとく「女の子だけ育てるのが有利」となればそのように、「子供をたくさん持つ」あるいは逆に「子供を持たない」ほうが有利となればそのように振舞う個体数が集団内部で「<span style="font-weight: bold;">増える</span>」。<br>
だがこれはあくまで外的条件に適応しようとした「<span style="font-weight: bold;">結果</span>」にすぎない。<br>
<br>
このような事態は、生物に「オスとメス」というその働きに明らかな違いがある二つの集団が存在することによって、遥かな昔、ヒトがサルだった頃よりももっとずーーーーーーーーーーっと以前から繰り返し起きていることである。「経済は生物の部分である」と先ほど述べた根拠もここにある。<br>
<br>
ところでその「生物のオスとメス」はどのようにして決定されるかご存知だろうか。<br>
「性染色体の組み合わせによる」。ブブーーッ、不正解。<br>
答えは、「富栄養化した動きの悪いタマゴ」と「小型軽量で高運動性のタマゴ」でわける、である。<br>
たとえばそれを「性染色体の組み合わせ」で分けると、いきなり鳥類で困ったことが起きる。<br>
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Z%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93" target="_blank">鳥類では</a>性染色体ZZ(ホモ＝ヒトのXXに相当)が「オス」でZW(ヘテロ＝ヒトのXYに相当)が「メス」である。つまりタマゴを産んでいるニワトリは、ヒトの性染色体でいうとXY(これはヒトではオスに該当)だということになるのである。<br>
鳥類は昔から「おしどり夫婦」と例えられるほど夫婦仲がいいが、それも「つがいで協力して育てたほうが生存率が高いから」という「経済効率」ゆえのこと。最近の調査結果では「育てているヒナはきわめて高い確率でつがいのオスの子ではない」という意外な事実も判明してきた。<br>
われわれが持っている「道徳意識」や「常識」が、なんと限られた狭い範囲でしか通用しないものであることか…<br>
<br>
「富栄養化した肥満タマゴ」と「小型軽量で高運動性のタマゴ」への二極分化過程は、昨今のコンピューターテクノロジーの進歩によってシュミレーションが可能になった。<br>
最初設定では「ちょっと太った、それゆえちょっと運動性の低いタマゴ」や「ちょっと痩せた、ちょっと運動性の高いタマゴ」など、さまざまなばらつきを持った個性豊かな「タマゴたち」を自由に泳がせ、それらが偶然見つけた相手と交配するようにプログラムしておくと、世代を重ねるごとに「タマゴ」たちは「栄養たっぷりに太った動きの悪いもの」と「栄養をぎりぎりまでそぎ落として運動性を高めたもの」の二極にはっきりと分かれていく。<br>
このようにして太古の海で生物は「オスとメス」に分化していったのであった。
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<title>「票田」にも相続税を!</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:09Z</modified> 
<issued>2006-11-23T13:13:53+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2006:drecom_k_sog.1072336</id>
<summary type="text/plain">こないだあるニュース番組を見ていたら、「二世三世議員の『票田』にも相続税を…」と言っていて、そのとおりだと思った。
「土地」に相続税がかかるのなら、親から受け継いだ選挙「地盤」や票「田」にも相続税がかけられてしかるべきだ。親の「地盤」や「票田」の規模に応じ...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072336.html">
<![CDATA[<img src="http://livedoor.blogimg.jp/drecom_k_sog/imgs/a/d/ad7e2154.jpg" class="photo" alt="kks02.jpg" border="0" align="left">こないだあるニュース番組を見ていたら、「二世三世議員の『票田』にも相続税を…」と言っていて、そのとおりだと思った。<br>
「土地」に相続税がかかるのなら、親から受け継いだ選挙「地盤」や票「田」にも相続税がかけられてしかるべきだ。親の「地盤」や「票田」の規模に応じて最高50%までの累進課税にして獲得票数から割り引く、とか。<br>
<br>
ローマ帝国の繁栄は、「どういうわけか」実子に恵まれず、したがって子がその地位を相続しなかった五賢帝の時代にもたらされた。<br>
しかしその最後を飾るマルクス・アウレリウス帝には不幸なことに実子があったので、その子が帝位を継ぐことによってローマ帝国の凋落が始まったのである。<br>
…かように「世襲」にはロクなことがない。<br>
ロクなことがないにも関わらず、人の親はわが子にその地位を継がせたがる。「その地位」がおいしければおいしいほど。<br>
<br>
その点江戸時代の家督相続はまことに合理的であった。<br>
息子がボンクラならば娘に優秀な手代を婿養子に取らせ、バカ息子にはカネを与えて放蕩三昧好き放題にさせておき、婿養子に家業の実質的経営権を渡す。<br>
お世継ぎの殿が幼くしてその地位に就いても、まわりの重臣がしっかりしていれば御城下はちゃんと回っていくようになっている。<br>
しかし残念ながら現状はどう見ても「ローマ帝国」型である。没落の日は近いのかもしれない。
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<title>「学校が大変」その３</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:02Z</modified> 
<issued>2006-11-23T12:00:48+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2006:drecom_k_sog.1072335</id>
<summary type="text/plain">「義務教育」といわれる段階にあったら、先生は読み書き算数地理歴史…まあそういった基礎的な知識を幅広～く教えるのが基本というか、それが前提です。
個々人の能力差や運不運によって、その知識がよく身につく子もいればそうでない子もいるでしょう。
それをみんな一律100...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072335.html">
<![CDATA[「義務教育」といわれる段階にあったら、先生は読み書き算数地理歴史…まあそういった基礎的な知識を幅広～く教えるのが基本というか、それが前提です。<br>
個々人の能力差や運不運によって、その知識がよく身につく子もいればそうでない子もいるでしょう。<br>
それをみんな一律100点満点でなければならない、そういうところを理想としてしまえば、それはかなりシンドイ。また、そんなことを要求する親も親だし。どうかしてるし。<br>
<br>
その基本中の基本である基礎学力が不足しているとしたらどうすればいいのか。<br>
簡単に言ってしまえば「ほっておけばいい」です。<br>
「基礎学力」がなくても人は生きていけます。<br>
「基礎学力がなくて生きている人たち」というのが社会に必要がない存在というわけでもないし、「劣る」人々だということでもありません。<br>
なぜ、「そのような人であっても生きる価値があり、人より劣っているわけでもないのだ」と言い切れるのか。<br>
その言葉の根底にある「何か」が理解できない限り、人は「目の前にニンジンをぶら下げられた馬」や「延々とはずみ車を回し続ける檻の中のハツカネズミ」という状態から抜け出すことはできません。<br>
誰かを「価値のないものだ」「劣るものだ」と判断する、その色眼鏡が外れない限りその「何か」が本当にわかったとは言えないし、それが「わかった」ときには自然と色眼鏡は外れてしまうのです。<br>
実はこれはとても仏教思想的な意見です。<br>
仏教思想をある程度深く究めていくと、自ずからそのような思想に到達していきます。<br>
劣るものは劣るままに、そのままで仏である。そして森羅万象すべてが仏そのものである、というところに行き着かざるを得ないのです。<br>
これはおそらくキリスト教思想にしてもそうでしょう。<br>
突き詰めればマザー・テレサのように、「すべての生まれてくる命には価値がある、ならばその命を殺してしまうのではなく、どんな命でも生かして受け入れられる環境を作ろう」というところにまでやはり行かざるを得ない。<br>
ならば教育は、そのような「宗教」や「思想」から引き裂かれた現状の「公」によって担われるのではなく、「思想」や「理念」に基づいた人々の手によって新たに「無償で」始め直せばいい。<br>
今の公教育はやがて崩壊するでしょう。<br>
しかしその崩壊の後で新しい、より真理に近い教育が甦るのならば、むしろその崩壊は喜ばしいものであることになります。<br>
今の公教育から、静かに、しかし止むに止まれず抜け落ちる人々が増えれば増えるほど、崩壊の時期は早まり、新しい、よりよい教育が始まる可能性も高くなる。<br>
改悪はいずれ破綻する。思い通りにはいかない。<br>
その破壊の後の更地から、新しい、よりよい樹が育っていくことになる。<br>
今、愚かな魑魅魍魎たちが寄ってたかって学校を食い散らかしているのを、そのようにして内心ほくそ笑みながら見ているのです。
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<title>「学校が大変」その２</title> 
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<modified>2010-03-03T12:38:01Z</modified> 
<issued>2006-11-21T07:18:17+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2006:drecom_k_sog.1072333</id>
<summary type="text/plain">「セルフ・エデュケーショナルな人」

自分で課題を見つけてあれやこれや考える。そしてその答えを出す。答えは十年二十年かかって出るかもしれないし、永遠に出ないかもしれない。あるいは「答え」だと思っていたものがそうではなかったということに、あとになってから気が...</summary> 
<dc:subject>時事ネタ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://k-sog.dreamlog.jp/archives/1072333.html">
<![CDATA[「セルフ・エデュケーショナルな人」<br>
<br>
自分で課題を見つけてあれやこれや考える。そしてその答えを出す。答えは十年二十年かかって出るかもしれないし、永遠に出ないかもしれない。あるいは「答え」だと思っていたものがそうではなかったということに、あとになってから気がつくかもしれない。そういうのが、とても楽しい。<br>
<br>
多くの子供たちが満足に学校にも行けない国というのが世界にはまだまだ存在している。その子供たちに何が望みか聞くと、「学校に行きたい」と多くが答える。子供たちというのは本質的に「学ぶこと」が好きだ。<br>
<br>
そう、つまり本質的に「<span style="font-weight: bold;">学ぶことはとても楽しいこと</span>」のはずなのである。<br>
それを「受験科目」に合わせて学ばせたり学ばせなかったり、「受験」という目的のためだけに本来とても楽しいはずの「学び」を特化・矮小化してしまうからつまらなくなってしまうのだ。<br>
本来競争心が旺盛で「勝てる見込み」を持つ「試験オタク」以外にとって、これはたいそう苦痛である。<br>
苦痛なんだけど、真面目な人なんかは「将来のために」などと思いながら「今」を耐える。そうやって晴れて人様から「立派な職業」といわれる地位につく。<br>
でも人から「立派な職業」と褒められてもやっぱりどこか辛い。つらくてつらくてしょうがない。<br>
つらさに耐えて学んだ学校を、やっと抜け出たと思っても、抜け出て入ったその先もやっぱり辛く、苦しい。<br>
<br>
「その先」も「学校」とまったく同じだ。「試験」に勝ち残った「少数の者」たちにしか得られない「ご褒美」が常に目の前に用意されていて、延々とその馬の餌を追いかけ続けさせられる。<br>
若いうちはまだいい。でもいずれそのうちに能力にも翳りが見え始め、その先は下降の一途を辿るだけだということに気がついて愕然とする。若いときには予想もしていなかった「老い」が忍び寄る。<br>
「老い」て「価値」がなくなった自分は「姥捨て山」にでも行くしかないのか。そんな～!<br>
<br>
だけど、そこから「競争という名の試験」を取り除くとどうなるか。「学ぶこと」を勝ち負けで測らなくなれば、そこにどんな展望が開けてくるのか。<br>
まず、「受験のために必要なことしかやらない」なんていうのが、いかにもったいないことであるのかわかる。<br>
「受験のために必要でないこと」の中にも素晴らしいこと、楽しいことがいっぱいある。<br>
世の中にはそういった「受験のために必要でないこと」のほうに適性がある人だっていっぱいいて、そういった人たちだって社会にとっては必要な存在だ。<br>
「無限の多様性のもとでは全ては等しくなる」のである。<br>
そういうのを「負け組だ」とか「劣る」とかいって切り捨ててしまうことが、いかに「もったいない」ことであるか。<br>
新幹線で「早く」目的地に到着することだけに価値を見出す人には、「歩いて移動すること」で見つけられる素晴らしさがわからないのである。<br>
「一見役にたたないこと」も実は役に立っているということがわからないのである。<br>
ああ、もったいない。<br>
でもそういう「新幹線派」の人ほど「権力」や「支配力」のあるポジションに集まってしまうものだから、自分たちの狭い了見で「歩き派」の人々にまで「新幹線」の価値を押し付けてしまう。<br>
新幹線に乗るには選抜試験があって、全員が乗れるわけでもないのに。<br>
<br>
だったら、そういうのからはこっそり逃げ出す方法を考えなくちゃ。<br>
「こちとら新幹線になんか、乗りたくないんだよ」「歩くの楽しいぜ～」<br>
…というわけで、サブタイトルの「セルフ・エデュケーショナルな人」である。<br>
これは自分で自分を教育する人＝独学の人という意味なんだけど、「他人が自分を教育する」のではない点が大事です。つまり新幹線とか試験とかの「他人の価値観」では動いていない人なんですね。<br>
しかも「歩き」は基本的に誰でもできることで、それに「定員」があるわけでもない。<br>
ということはそこには「選抜試験」もないということです。<br>
<br>
セルフ・エデュケーショナルな人は、「自分の」興味があることを、「自分が」楽しいからやる。それがお金になんかならなくとも(「お金」というのも、これまた狭量な価値基準でして…)。<br>
そういうのを「やめろ」って言う人がいたとしたら、人の楽しみを奪っておいてその苦しむ姿を見て喜ぶサディストか、ゾンビが仲間のゾンビを増やそうとしているか…どっちにしても魑魅魍魎の類です。<br>
もし、今の学校がそういった魑魅魍魎たちの跋扈する場所になってしまっているのだとしたら、そこから降りる＝新幹線に乗らないことにした人たちが大勢出ても何ら不思議ではないし、そういった人たちに「価値がない」なんてわけでもない。
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